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東京地方裁判所 平成2年(ワ)15787号 判決 1992年6月04日

原告

西村仲平

右訴訟代理人弁護士

恵古和伯

被告

土屋一夫

右訴訟代理人弁護士

永瀬精一

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物一階の流し台中央部分に設置した板囲いのうち別紙図面表示の「78」の部分を撤去し、同建物の一階炊事場の出窓にガラス戸を取り付けよ。

二  原告のその余の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、それぞれを各自の負担とする。

四  この判決は、原告の勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

1  主位的請求

(一) 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物一階に設置されている浴槽・板囲い・物置台を撤去せよ。

(二) 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物一階階段下に下駄箱を設置せよ。

(三) 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物の玄関に扉を、また一階炊事場出窓にガラス戸をそれぞれ取り付け、同建物二階廊下の窓の戸を開閉できるようにせよ。

(四) 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物内に土足で、自ら立ち入り又は同建物二階南六畳の間の宿泊者をして立ち入らせてはならない。

2  予備的請求

主位的請求(一)が認められないときは、

(一) 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物二階南六畳の間の宿泊者をして同建物一階共用部分に設置されたシャワー設備を使用させてはならない。

(二) 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物一階共用部分に設けた板囲いの幅を縮小し、四畳半の間との間隔を九〇センチメートルとせよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行の宣言

二  被告

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、窪田幸子(以下「窪田」という。)から、昭和三九年に別紙物件目録記載及び別紙図面(以下「別紙間取図」という。)表示の建物(以下「本件建物」という。)のうち一階六畳の間を、昭和四六年に一階四畳半の間を、昭和五五年に二階北側六畳の間を、順次賃借した。

2  ところで、本件建物は、一階二部屋、二階二部屋のアパートであって、一階に共用の炊事場・便所があり、階段下は共用の下駄箱となっていた。

また、本件建物の玄関には扉があり、その扉の内側は三和土で、そこから一段上って板敷きになっている。右炊事場の東側の壁には出窓があり、ガラス戸が入っていた。二階廊下の東側の壁には窓があり、そのガラス戸は開け閉めできるようになっていた。

3  原告は、前記のとおり本件建物中三部屋を賃借していたものであるが、十数年にわたって本件炊事場に専用の洗濯機・電子レンジ・冷蔵庫等を設置使用してきた。そして、原告の本件炊事場の右のような使用方法につき賃貸人である窪田はじめ何人からも一度も苦情を言われたことがなかったから、窪田は原告の右炊事場の使用方法を承諾したものというべきである。

原告はじめ本件建物の居住者全員は、本件建物玄関を入って三和土で靴をスリッパに履きかえて板敷に上り、靴を階段下に設けられた下駄箱に納めていた。

4  被告は、不動産業を営んでいた者であり、窪田の依頼を受けて、昭和五九年から、窪田と原告間の本件部屋の賃貸借契約の更新につき仲介に当たっていたが、窪田から、平成二年五月八日、本件建物を買い受けた。

その後、被告は、本件建物二階南側の六畳の間に二段ベッド四台を入れ、定員八名の外国人労働者・旅行者向け簡易宿泊施設として使用するようになった。

5  そして、被告は、右宿泊施設利用者のために本件炊事場の一角にシャワー室を設けた。すなわち、被告は、平成二年五月一五日ころから原告の洗濯機・電子レンジを一階六畳の間に移し、下駄箱や炊事場の出窓に置いてあった原告の履物・洗面用具等を勝手に廃棄した上で、本件炊事場の一部を板囲いし、その中に浴槽を置き、流し台の上にコイン式タイマー付ガス湯沸器を設置してシャワー室とした。

そのため、原告は、次のとおりの不利益を受けている。

①炊事場が狭くなった。

②下駄箱が、その引戸の部分が板壁(シャワー室の囲いの板)に塞がれたため使用不能となった。

③シャワー室使用に際し飛び散る水のため板敷の床がびしょ濡れになる。

④本件炊事場中央付近に被告が設置した板壁と四畳半の間との開口部が約四九センチメートルの幅しかない(別紙間取図参照)ため、原告の電気器具等大型家具の出し入れができない。

⑤シャワー利用者が半裸の状態で本件炊事場や階段付近をうろつく。

6  さらに、被告は、本件建物の玄関扉及び本件炊事場出窓のガラス戸を取り外し、また、二階廊下の窓を開いた状態で釘付け固定し、開閉不能にした。

玄関の扉や窓の戸がないと不用心である上、野良猫等が入り込み、外から覗かれ、雨風等が吹き込む等生活上の障害が極めて大きい。

7  被告は、本件建物の玄関で靴をぬがず土足のままで本件建物の中に入り込む。また、二階南側六畳の間の宿泊者にも靴のままの出入りを許している。

これは、日本人である原告に対しその風俗習慣の破棄を強いるものである。また、土足のままで本件炊事場・階段・廊下等を歩き回れば、土ぼこりが室内に運ばれて不潔であり、板敷に靴の音が響いて騒音となり、更に雨降りの日には床が濡れて滑りやすく危険である。

8  よって、原告は、被告に対し、本件各部屋賃貸借契約に基づき、第一、一記載のとおりの各請求をする。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2のうち、階段下が共用の下駄箱になっていたことは否認し、その余は認める。原告が下駄箱と称する部分は、本件建物の前所有者窪田の物置であったものであって、原告らが事実上履物を置く場所として使用していたにすぎないから、それ自体権原のないものである。また、原告らは、被告が本件建物を取得する以前から靴のままで各部屋まで行っていたのであって、玄関に下駄箱を設ける必要もなかった。現在でも、必要があれば各部屋に靴を持ち込めば足りるのであって、ことさら原告主張の部分に下駄箱を設けなければ居住に支障が生じるというわけでもない。

3  同3のうち、原告及びその家族が本件炊事場に洗濯機等を設置して事実上使用していたことは認めるが、その余は否認する。

4  同4のうち、簡易宿泊施設として使用しはじめたとする点を争い、その余を認める。被告が本件建物の譲渡を受ける以前から本件建物二階南側六畳の間には二名の外国人労働者が入居していた。

5  同5のうち、被告が原告主張のころから本件炊事場の一部を板囲いし、その中に浴槽を置き、流し台の上にコイン式タイマー付湯沸器を設置してシャワー室としたことは認め、その余は、否認する。

被告は、原告に対し、平成二年五月本件建物の所有権移転登記を受けるとすぐに、被告が所有権を取得し、二階南側六畳の間を改造して外国人向けアパートにすること、それに伴い本件炊事場を利用してシャワー設備等の設置、一階北側六畳の間のドアの付替等を行うことを告げ、併せて当時乱雑を極めていた炊事場を片付けてもらいたい旨及び冷蔵庫・洗濯機等の私物を原告の賃借室内に入れるように申し入れた。原告は、この申入れを了承し、早急に片付けることを確約した。しかし、原告は、中々私物やごみを片付けようとしなかった。

そこで、被告は、同月中旬ころ、自らごみ袋を用意して数日かけて原告を手伝いごみを整理し、原告の私物をその賃借室内に運び入れ、シャワー設備の設置等の工事をした。

もともと、本件建物は、前面道路が狭く、建築確認を受けるのが困難な場所にある。被告は、条件の悪い本件建物の有効利用を図るという目的で右工事をしたものである。また、本件炊事場は、原告も認めるように他の居住者との共用部分であり、原告が専用使用する権利のないことはいうまでもない。

しかも、本件工事の結果は、原告の賃借各部屋の使用、ガス・水道の使用及び各部屋への出入りの何ら妨げとなるものでも、原告の居住を不可能若しくは著しく困難にするものでもない。かえって、板囲いをしたことによって、そこから北側の炊事場部分は、原告が専用使用することができるようになり、現に原告はそこに冷蔵庫を置いて専用使用している。

6  同6のうち、前段の事実は認め、その余は否認する。

被告が玄関扉を取り外したのは、原告が内側から鍵を掛け、被告や他の居住者の出入りを不可能にしようとしたからである。また、本件炊事場出窓のガラス戸を取り外したのは、原告らの炊事場付近の使用が余りにも乱雑で、食べ残しやごみが山のようになっており、かつガラス戸が締切った状態であったため臭気がひどく、その除去のためにとった措置である。さらに、二階廊下の窓の戸については、換気と臭気抜きのために被告が開けておくと、原告らがやたらに閉めてしまったためである。いずれにしろ、その非は原告側にある。

なお、各部屋には、それぞれ戸があり鍵が掛けられるから、玄関扉がなくとも防犯上何の問題もなく、一般のアパートでも玄関に戸のないところは多数存在している。また、右各窓に関しても、ガラス戸がなくあるいは開いたままでも、雨風が吹き込んだり、覗かれるような場所ではなく、日常生活に著しい支障が生じるものではない。

7  同7のうち、被告が靴履のまま本件建物に出入りし、また、本件建物の居住者にそれを許していることは認めるが、その余は否認する。

第三  証拠関係<省略>

理由

一1  争いのない事実

請求原因1、同2(共用の下駄箱の点を除く。)の各事実、同3のうち原告及びその家族が本件炊事場に洗濯機等を設置して事実上使用していたこと、同4(簡易宿泊施設の点を除く。)の事実、同5のうち被告が原告主張のころから本件炊事場の一部を板囲いし、その中に浴槽を置き、流し台の上にコイン式タイマー付湯沸器を設置してシャワー室としたこと、同6のうち被告が本件建物の玄関扉及び本件炊事場出窓のガラス戸を取り外し、二階廊下の窓を開いた状態で釘付け固定したこと及び同7のうち被告が靴履のまま本件建物に出入りし、本件建物の居住者にそれを許していることは、いずれも当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実と証拠(<書証番号略>、証人西村安弘、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  本件建物の現状は、おおよそ別紙間取図表示のとおりである。

(二)  原告は、窪田から、昭和三九年ころ、本件建物のうち一階六畳の間を、昭和四六年に一階四畳半の間を、昭和五五年に二階北側六畳の間をいずれも居住を目的として順次賃借し、原告、その妻、長男及び二男の四人で使用してきたが、昭和五九年に妻が亡くなり、現在は三名で一部屋ずつ使用している。

なお、原告は、昭和五九年ころ、窪田から、本件建物及びその敷地の買い取り方を申し込まれたが、代金の折り合いがつかず、その話は立ち消えとなった。

(三)  原告が窪田から賃借した当時、本件建物には、二階に三畳の間が四部屋あり、一階の二部屋とともに、いずれも独立して個別に賃貸の対象とする共同住宅として使用され、原告を含む六所帯が賃借居住しており、本件炊事場、一階階段下物置(下駄箱として設置されたものではなかったが、原告を含む居住者の中には履物等を置く者もいた。)、便所は共用とされていた。

その後、昭和五三年ごろに、二階は六畳の間二部屋に改造されるとともに、右二部屋にはガス台及び流し台が設けられた。また、前記のように原告が三室(特に一階については全室)を賃借したのに伴い、炊事場の付近に原告個人の冷蔵庫、洗濯機を置く等して右共用部分を専用に近い状態で使用するようになったが、そのことにつき窪田の承諾を得たことはもちろんそのために賃料を増額した等のこともなく、専用使用はあくまで事実上のものであって、共用部分としての当初の性質が変更されたことはない。

(四)  被告は、外国人(主として出稼ぎ労働者)向けのアパート経営を業としているが、窪田から、平成二年五月八日、本件建物及びその敷地を買い受け(なお、右敷地は接する道路が狭いため建築基準法所定の接道義務を満たすことができず建物を新築するのが困難な状況にある。)、本件各部屋の賃貸人たる地位を承継した。

その後間もなくして、被告は、本件建物の効率的な活用を図るためもあって、本件建物二階南側の六畳の間を板敷にしてベッドを入れ、別紙間取図表示のとおり本件炊事場の一部に板囲いをしてシャワー設備を造り(なお、そのためのガス湯沸器を設置するため本件炊事場の出窓のガラス戸を取り外した。)、移動可能な物置台を設置し、更に、一階階段下の部分にコインランドリーの設備を設けた。そして、被告は、右六畳の間を、定員八名ないし一〇名の簡易宿泊施設として外国人労働者、旅行者を宿泊させている。

そのため、原告は、炊事のための場所が狭くなり、事実上の専用使用の状況にあった従前に比べ不便になったものの、本件炊事場中央の板囲い以北の流し台・ガス台部分は、今後とも原告が事実上専用することが可能であり、現にそのように使用しており、被告においても、原告が右流し台等の向側(四畳半の間の壁に沿った部分)に電気製品を置くことを容認している。

もっとも、原告は、被告が本件炊事場中央部分に設置した板囲いのため、一階の六畳の間に出入りするための通路が四九センチメートル余りとなり、窮屈な思いをしており、しかも大型家具の出し入れは困難な状況にあるのに対し、被告にとっては、右板囲い中必要なのはガス湯沸器を囲む部分、すなわち、別紙間取図の流し台の部分であって、同図表示の「78」の部分は必ずしも必要不可欠のものではない。

(五)  また、被告は、本件建物玄関扉を取り外したが、これは、原告側において内側から施錠して被告及び他の宿泊者の出入りを妨げたことに端を発するものであって、右扉があったころにも原則として無施錠であった。しかも、各部屋毎に施錠するようになっているため、それほどの支障は生じていない。

なお、被告は、二階廊下の窓を開いた状態で釘付け固定し、その開閉ができないようにしたが、現在は、誰かが右固定用の木ネジを取り外したので開閉が自由にできるようになっている。

(六)  被告は、本件建物に靴を履いたまま出入りしており、外国人宿泊者もまた同様にして出入りしているが、被告はこれを容認している。確かに、原告の妻が生存中は各部屋への通路部分である板敷の廊下を掃除していたものの、昭和五五年ころからは掃除する者もいなくなった。土足で右板敷を通行することに対する原告らの感情的なわだかまりはともかく、前記のような本件建物の構造からして、靴履きのまま本件建物に立ち入ることにより各部屋に居住する者に対し特段の障害が生じているわけではない。

二1  ところで、賃貸借関係において賃貸人は賃借人に対し賃借物をその契約において合意された目的に従って使用収益させる積極的な義務を負うものであるから、賃貸人が右義務に違反するときには、当然に債務不履行に基づく損害賠償の責任が生ずるだけでなく、賃貸人の賃借物に対する行為によって契約の本旨に従った使用収益が妨げられた場合には、賃借人は賃貸人に対し右契約の本旨に達するのに必要な作為、不作為をも請求することができるものと解するのが相当である。

2(一) 本件についてこれを検討すると、まず、本件炊事場についての被告の加えた改造行為は、右部分が前示のとおりもともと共用部分であって、原告の専用使用はあくまで事実上のものにすぎないところ、右改造によって被る原告の不便の程度と被告の必要性(本件証拠によれば、被告の改造工事の一部には原告に対する嫌がらせのためにことさら不要な改造をしたような点が窺えないではないが、少なくとも前示の限度での必要性があったことも肯定される。)を比較考量すれば、前記板囲いのうち別紙間取図表示「78」の部分については、被告は原告に対しこれを撤去すべき義務を負うというべきであるが、その余の部分については、被告に対する作為請求を認めるべき程度にまで原告の使用権が侵害されたものとは認められない。

(二) また、下駄箱についても、前記認定事実によれば、その設置が本件賃貸借の内容となっていたとは認め難いので、右の点についての原告の請求は理由がない。

(三) 本件炊事場のガラス戸については、これを取り外したままにすれば直接風雨が吹き込むであろうと推認され、しかも、原告らは食事の支度等のためにかなりの時間本件炊事場にとどまることになるであろうから、特に冬季期間はこれによって被る原告らの苦痛はかなりのものと判断される。これに対し、被告は、ガス湯沸器の換気あるいは臭気のための換気のためには、右窓を設置してもこれを開けることによって容易にその目的を達することができ、取り外しておくことが唯一最良の方法とは考え難いから、原告のその取り付けを求める請求は理由があるというべきである。

しかし、二階の窓については現在は開閉が自由な状況にあることは前示のとおりであるから理由がない。

(四)  その余の点についても、前記認定の事実関係のもとにおいては、損害賠償請求は格別、原告請求の作為・不作為請求を認める余地はないといわざるを得ない。

三以上の次第で、原告の請求は主文記載の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官赤塚信雄)

別紙物件目録<省略>

別紙図面<省略>

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